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東京高等裁判所 平成元年(ラ)630号 決定 1990年1月19日

抗告人

山本光大

山本信子

右両名代理人弁護士

難波幸一

相手方

柿沼潔

右代理人弁護士

成毛由和

成田茂

狐塚鉄世

主文

原決定を取り消す。

相手方の申立てを却下する。

手続費用は、原審、当審を通じてこれを二分し、その一を抗告人の、その余を相手方の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨は、主文第一、二項同旨の裁判を求めるというのであり、その理由は、別紙執行抗告理由書に記載のとおりであって、要するに、原決定は、同添付物件目録記載の土地部分(以下「本件土地」という。)に設置された上水道管(直径八〇ミリメートルのパイプ管)及び雨樋(直径九〇ミリメートルのパイプ管)が、浦和地方裁判所昭和六二年(ヨ)第五〇二号建築禁止仮処分申請事件について相手方ほか二名(債権者)と抗告人らの被承継人山本喜久代(債務者)との間に昭和六二年一二月二八に成立した和解の和解条項第二項1の「債務者山本は、本件土地上に、前項に基づく通行の妨げとなる塀、柵、杭、有刺鉄線その他の工作物を設置しない」との条項に違反するとし、その収去の決定をしたが、右の上水道管及び雨樋は相手方の通行の妨げになるものではないし、仮に通行の支障になるとしても、その程度が極めて僅少なものである反面、右の上水道管を移設することになると多大な費用と時間とを要するものであるから、収去請求は権利の濫用である、というのである。

まず、職権により調査すると、右の雨樋は、原決定の発付後平成元年一一月八日までの間に、地上から約二メートル以内の部分が撤去されていることが認められるから、右雨樋についての収去命令の申立ては、収去の対象が存在しないことになり、理由を失うに至ったものといわざるを得ない。

そこで、抗告理由について見るに、一件記録によれば、本件土地はおおむね東西に細長い長方形をなし、西側入口部分の幅員(南側建物外壁面から北側トタン塀までの距離。以下同じ。)は六二〇ミリメートル、東側入口部分の幅員は七二〇ミリメートルであり、右の上水道管の設置されている部分の本来の幅員は六六〇ミリメートル前後であること、また、上水道管の直径はいずれも八〇ミリメートルであり、上水道管は南側建物外壁面(下部出っ張り部分)に接着して設置されていること、したがって、上水道管が設置された結果、この部分の幅員は五八〇ミリメートル前後となっていること、が認められる。そうすると、右の上水道管の設置されている部分の幅員は、西側入口部分に比べて四〇ミリメートル程度狭くなったことにはなるが、右の上水道管が設置されたことにより本件土地を通行するにつきさほどの支障が生じているとは考えられない上、右の上水道管は南側建物の居住者に水を供給するために必要な給水装置の一部であって、これを設置するのに、他に適当な場所があるにもかかわらず、相手方の通行を妨害する意図で殊更本件土地内に設置した、というような事情は認められないし、しかも、その移設には相当の費用を要することが明らかである。こられの事情を総合勘案すると、右の上水道管を設置したことは、いまだ前記和解条項所定の「通行の妨げとなる工作物を設置しない」との義務に違反するものではない、というべきである。

してみると、相手方の本件上水道管及び雨樋の収去を求める申立ては理由がないことに帰するから、これを却下すべきである。

よって、これと異なる原決定は失当であって、本件執行抗告は理由があるから、原決定を取り消した上、相手方の申立てを却下することとし、手続費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九〇条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官吉井直昭 裁判官小林克巳 裁判官河邉義典)

別紙執行抗告理由書

抗告人らは、浦和地方裁判所平成元年(ヲ)第五八七号工作物収去決定に対する執行抗告事件につき、下記のとおり執行抗告理由書を提出する。

抗告人ら代理人弁護士 難波幸一

一 本件工作物収去決定(原決定)の対象となっている工作物は、通行を妨害するものではない。

原決定は、浦和地方裁判所昭和六二年(ヨ)第五〇二号建築禁止仮処分申請事件の和解調書を債務名義としてなされたものである。同和解調書第一項は、

債務者山本喜久代(抗告人らの被相続人)は、債権者らに対し、左記の場合に限り、債権者ら及びその家族並びに関係者が本件土地(原決定書添付図面の斜線部分)を通行することを認める。

(1) 通勤及び通学

(2) 日常の家庭廃棄物をゴミ集積場まで搬出する場合

(3) 通常の携帯物を越える荷物を搬出、搬入する場合

(4) 火災・地震・病人発生その他の緊急時

(5) その他本件土地を通行する必要性が客観的に認められる場合

とし、同第二項一において、

債務者山本喜久代は、本件土地上に、前項に基づく通行の妨げとなる塀・柵・杭・有刺鉄線その他の工作物を設置してはならない。

としている。これに対し、本件土地上に設置された雨樋及び上水道管が上記和解条項に反するとしてなされたのが原決定である。

本件土地は原決定書添付図面のとおり、東西に細長い空き地(抗告人ら所有の貸マンションの北側壁面と隣地境界の塀とに挟まれた部分)であり、その幅は最も狭いところ(西端)で六二センチメートル、最も広いところ(東端)で七二センチメートルである。本件和解はこの本件土地につき通行を認めるものであり、抗告人らは「本件土地上に、前項に基づく通行の妨げとなる塀・柵・杭・有刺鉄線その他の工作物を設置してはならない。」とされている。しかし、その内容は、和解条項の文言から明らかなとおり、工作物設置を一律に禁止するものではなく、和解条項第一項に基づく通行を不能にするか困難にする、障害物としての工作物の設置を禁止したものである。このことは、「塀・柵・杭・有刺鉄線」という例示からもあきらかである。

ところが、本件の工作物である雨樋(原決定書添付図面に直径九〇ミリメートルと記載されている三か所)や上水道管(原決定書添付図面に直径八〇ミリメートルと記載されている三か所)は和解条項第一項による通行を不能にするものでもなく、また困難にするものでもない。原決定書添付図面を一見すれば明らかなとおり、これらはいずれも建物(賃貸マンション)の壁面に沿って設置されており、このうち雨樋は相互に離れた位置に設置されており、また上水道管は三本並んでいるが、この部分は本件土地の東端に近い比較的幅の広いところであり、通行可能な幅は五八センチメートル以上確保されている。無論このようなものを設置しないにこしたことはなかったのであるが、建物の東・南・西面はいずれも窓等が多く、他にこれらを設置する適当な場所がなかったためにやむなく設置したものであり、抗告人らには通行妨害の意図は全くない。

以上のとおり、本件工作物は通行妨害に当らないことは明白である。

二 本件工作物特に上水道管の撤去には多大の費用・時間を要し、損害の発生するものであり、これに対し本件工作物の存置による通行の障害は極めて僅少であり、本件工作物収去は権利の濫用である。

本理由書第一項で述べたとおり、本件工作物による通行妨害に当らないものであり、その存在による通行への支障は、あったとしても極めて僅少なものである。

これに対して、本件上水道管は、抗告人らの賃貸マンションの各室に給水するためのものであり、これが執行により破壊されればこれらの賃借人には水道による給水ができなくなり、抗告人のみならずこれらの者にも生活上極めて重大な支障がでる。さらに本件土地に上水道管を設置できないとすると、他の場所にこれを移すことになるが、これは単に本件上水道管を移転するだけではなく、これに接続する地下及び建物内部の配管を変更することとなり、極めて困難な工事と多大な費用及び時間を要することとなる。

このように、本件工作物の存在による通行への支障は、ないかあったとしても極めて僅少なものであるのに対し、これを撤去することによる損害は多大なものである。したがって、本件工作物収去は権利の濫用である。

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